Essay of recor

音楽にまつわる慕情から哲学を綴る“エッセイ オブ レコー”

Change the world <I & I>

東北地方太平洋地震により被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。そして、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り致します。

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※この記事は2011年3月に書かれたものです。
 
ぼくは3.11震災当日沖縄にいました。
揺れさえも感じなかったので、現地の状況を夜のニュースで知り茫然としました。
 
ヘリの中継映像で真っ黒い波に呑まれていく大地を見つめながら言葉も出ませんでした。
「こんな時に思想や音楽は何かの役に立つのだろうか」と、よく取り沙汰される綺麗事、“音楽で世界は変えられるか”について数日もんもんと考えていました。

すると車のラジオ、FM沖縄で群馬のリスナーからの投稿が流れてきたのです。

「地震当日は揺れと恐怖で一晩中寝られなかった。
昨日は音楽を聴き、心が落ち着き眠ることが出来た。
勇気をくれたその曲をリクエストしたい」
・・・そんな内容の投稿でした。

「あぁ、今ここで確かに音楽は役に立っている」と確信しました。

そして友人からの電話で
「何をしていいか分からないので、とりあえず募金した」という人もいれば、
「何が出来るか分からないので、とりあえず被災地に向かってみる」という人も。
なんだか捨てたもんじゃないね。どんよりしていた気持ちが晴れました。
「若い頃は理想主義で熱く語り合ったりしてたけど、大人になって現実的にしか物事を捉えられなくなっているのでは?」と少し反省したのです。

結局、無関係そうな他人も知り合いの知り合いで、みんな繋がっています。
ほんの少し大きな視点で見れば、人はみな根っこはひとつだと思います。

そう頭では思っても、離れた場所の知らない人の悲劇を自分の事のように体感出来るほどぼくは聖人ではありません。
恥ずかしながら「自分に降りかかってくるのでは」という恐怖心の方が強いのです。

とりあえず今だけでも自分以外の為に出来そうな事を考えてみます。
ひとりが変わる事がすなわち“世界が変わる”という事に他ならないのですから。

・・・偉そうな事を言って申し訳ないようですが、今はとにかく自分に何が出来るか考える事、祈る事。
被災地の方々、原発の最前線で作業している方々、がんばって下さい。

祈りを・・・

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傍観者ではなく“当事者としてできること” (CNET Japan)

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